ほどけるような昼下がりに。





水のせせらぎ。
鳥のさえずり。
うん。ここに巻き付けたのは正解だった。

……なんのことかって?
ふふ。きっといいなって思うよ。

「んー……っ」

伸びができて。
穏やかに揺れて。
草露がつかない寝心地のいいところ。

……解ったかな?

「このまま眠ってしまいそうだな。」

眠りを誘う、ゆりかごの如く。
数時間前、裏庭の丈夫なこの木にハンモックを設置したんだ。
先日木工ギルドで素材を縛る為に用意したものの、使わずにお蔵入りされそうになっていたこの長いロープを半ば強引に渡され、どうしたものかと悩んだ末、こうした有効活用を思いついた。
イクスの器用な指先のおかげで網状にするのも手早く終わり、その日のうちに楽しめる環境が整えられたんだ。
読書が途中で何度も睡眠に変わりかけたけどね。

「クロウーっ」

……イクスの声だ。
紙面から顔をあげ、細い一本の通路に目を向ける。
何やら籐のかごを抱えているようだ。

「どうだー?感想は?」

にこにこといい笑顔で俺の横に足を止め、どこか落ち着かない様子で問われた。

「うん。とてもいいよ。心地いい」
「おーそっか!良かった。役にたてたんだなっ」

へへ、と嬉しそうに目を細める。優しい気持ちになれる瞬間だ。

……本当に、心安らぐひとときだ。

「あっ、サンドイッチ作ってきたよ。そろそろ昼過ぎだからさ」
「……もうそんな時間だったか」
「さすがにお腹空いたかなと思って。敷物も持ってきたぞっ」

一緒に食べよう?
かごを俺に差し出して中身を見せながら、ゆらゆらと背中のチャームポイントが誘っていた。

ふふ。イクスは本当に愛らしい。

「うん、一緒にいただくよ」
「あ、その前にさ」
「……うん?」

もじ、と照れながら、

「お、俺も乗ってみていい?」

でも期待に溢れる眼差しで。
そっか、イクスはハンモック、初めてなんだね。

「もちろん。ちょっと待ってね」
「おーっ、やったっ」

全身で喜びを表現して。
美しい銀の髪が風に誘われて。
降りようと身を起こすと、

「あ……クロウはそのままっ!」
「……?」

疑問を浮かべたままの俺を横目に、イクスが折ったままの敷物の上にかごを手早く置いて寄ってくる。
……一緒に乗りたかった、のかな。
だとしてもそんなに広いものじゃ……。

「んしょっ……」
「あ、イクス、それだとバランスが……」
「うぇ…っ、って、あぁ!?」
「わっ……!」

不安は的中し。
咄嗟によろめいたイクスを抱きしめ。
ぎゅっとすることに必死だったせいで……。

「……うぅ…」
「……怪我はない?」

どうやら、バランスの崩れた狭い世界はぐるぐる回ってしまったようで。

「うん……クロウは?」
「平気」

密着はこの上なく幸せなものの、身動きがとれない状況で。

「うー……ごめん…どうしよう…」

動けない……。
弱った表情が目の前で瞳を揺らしている。
俺の腕はイクスの脇下だし、ロープがしっかり俺達を包んでいるから頬も撫でてやれない……。
できることといえば……。

「イクス……」

鼻先に、柔らかく唇を寄せて。

「うぇっ……」

何度もされている行為にも、こうしてすぐ熱をもってくれて。

「大丈夫だよ。ねじれただけ」
「う……うん…」

暖かいイクスの体温。
ハンモックが二人分の重力に緩く弾む。ロープが切れなかったのが救いだ。
……だから、少しだけ。

「……イクス…」

無意識に呼んでしまう愛しい名前。
少し戸惑ったように視線を泳がせるも、必ず俺を見つめてくれる青い瞳。
唇を誘えば、ゆっくり寄ってくれた。

「ん……」

ぴくりと動いた彼の耳に相成り、横髪がするりと俺の頬に触れる。
まるで、手の代わりに添えるように。

「あ……」

離したくなかった。
あまりいい事態ではないかもしれないけれど、強制的な空間が更にイクスを感じさせてくれたから。
何度か唇が唇に這う口付けに夢中になりながら、俺の思考はそんな欲求に呑まれていた。

「あの……、クロ、お昼……っ」
「……イクスも食べちゃだめ?」
「え、う……」

あまり困らせてはいけないと思いつつも、つい微笑んでしまう俺。
大切な人。だからこそ、ひとときも無駄にしたくなくて。

でも、そろそろ開放してあげないとね。

「回ってねじれているだけだから、反対に回れば戻るよ」

改めて、イクスの身体を抱き。

「掴まっててね」
「あ、うん」

反動を取り入れ、ぐるりと回るよう荒く身じろぎ。

「ぅわあっ……!」

勢いよく回ったところでイクスが驚きを見せて。
軽く包まれた状態にまでほどけたところで、端に手を差し込み開放させた。
ふう。ロープが千切れたりしなくてよかった。

「ふあ……出れた…」
「痛みとかない?」
「うん、へーきっ」

へへ、とまた照れたように微笑み。
釣られて口元を緩ませた俺も、ねじれたそれを元に戻しながら微笑み返した。

「……じゃ、いただこうかな」

イクスのお手製。かごに詰められた二人分の昼食。
家の裏庭でこうして外の食事が楽しめるなんて、本当に贅沢だ。
かごを片手に敷物を広げ、腰をかけてイクスを見ると、

「……イクス?」

先ほど微笑んだ場所に棒立ちで。

「……うぇぇええっっ…!」

俺の声に顔を真っ赤にしていて。

「……どうかした?」
「なっ、なななななんにも……っ!」

両手をぶんぶん振って、首も振って。
銀の髪が相乗できらきら揺れている。

「……ふぅん?食べよう?」

先ほど俺にイクスがかごを差し出したように。
こくこくと赤らめながらも頷き、固めの動きで俺の横に座るイクス。
まるで人形みたいだ。

「……俺のことかと思った…」

と、ぽつりとこぼして。

「うん?」
「なっ、なななななんでも……っ!」

くすくす。
ようやく読めたよ。
さっきの俺の「いただこうかな」が、合図だと思ったんだね?

「……家に帰ったらね」

真っ赤にした耳に、軽くキスをしながら。
案の定沸騰しそうになっていたけれど、そんな姿に愛しさばかりを感じた俺は誘惑に負ける前に用意してくれたサンドイッチを口に運んだ。
彩りも味も格別の手料理に幸福感で満たされ、自宅に戻ってから程よい疲労感と充足に満たされ、五感でイクスとの時間を堪能した、穏やかな一日だった。




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モドル。